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なつのにおい

その頃、私は鼻が利いた。

春になると、土の匂いがわかったし、

夏が近づくと若葉の匂いに息が詰まった。

秋には落ち葉が土に変わる匂いを感じ、

冬になると、雪の湿ったにおいで目を覚ました。

その年も若葉の匂いに夏を感じながらふと振り返ると、

そこに彼がいた。

彼は私よりも少しだけ背が高く、

白いシャツを着て、デニムの半ズボンをはいていた。

私と目が合うと彼は、「おはよう」と、

まるでずっと前から知っていた人にするみたいに挨拶をした。

そして私もまた、「おはよう」と、

彼のことをずっと前から知っていたかのように答えた。

私達は頬に風を感じながら、何も言わずにただ並んで座っていた。

その時間は長かったようにも短かったようにも感じられた。

やがて風が止まると、彼はこう言った。

「夏の匂いだね」

私はうれしくなって頷いた。

その日以来、彼に会うことはなく、

大人になった私は、彼とのことを忘れてしまっていた。

そして、季節の匂いを感じることもなくなっていた。

息子が5歳の誕生日を迎えた日の朝。

「おはよう」と息子が言い、「おはよう」と私も答えた。

よく晴れた初夏の日差しが私達を包み込み、

開け放った窓から入ってきた心地よい風が、

私達の頬をなでていった。

やがて風が止まると、彼はこう言った。

「夏の匂いだね」

私は何かを思い出しかけながら頷いた。

1998@朔。